日報

あるいは遺書

りゅう

俺のブログの読者がいるみたいなので、もっと頻繁にブログ更新しようと思いました

安定した暮らしを欲しエンジニアを目指して勉強したり就活したりしてる俺はもうアーティストではないのか。とか思った。久しぶりに好きな人のライブを見て。魂をむき出しにすることだけに一生懸命になっている人たち、本当に尊いな。
音楽音楽音楽音楽音楽音楽音楽音楽音楽音楽。音楽に対する執着。自分で納得できないものは人前に出したくないし、俺は死ぬまで自分に納得できない。
季節が流れていく。友達のサークルの部室にこっそり住んだりしてたの、もう5年前??嘘だろ?その頃とメンタリティ全然変わってない。10年前は?神聖かまってちゃんにハマって学校で暴れたりしてた。その頃から世の中への憎悪が凄かったしそれは今でも変わってない、と言おうとしたけど、憎悪はもはや疲れになってしまったのかもしれない。

なんでもいいからとにかく自転車を漕ぐ。全力で漕ぐ。あの感じ。風になれ。
定期的に過ぎ去った年月に思いを馳せて信じられないという気持ちになるよな。でも時は止まらない。運が悪い奴から先に死んでいく。年齢とか関係ない。青春とかアホらしい。今この瞬間を生きようとする人は、美しい。

ちなみに、俺はどっちかというと「ヤバい奴」なので、就活は難航している。

居場所欲しいーーーー、マジで居場所欲しい。いたらいたですぐに消えたくなるくせに。いや、ていうか居場所はある。俺は俺の居場所で生きてる毎日、毎日に違和感持ってるわけではない。つまり、過去に心から居場所が欲しすぎた時期があって、その強い思いが呪いとなって時空を歪めて、居場所欲しい思いだけが幽霊のように背後に付き纏っているだけ。つまり、居場所を手に入れたところで居場所のない苦しみは消えない。癒せるのか?これ。どうやったら届くんだ。9歳の自分へ。可哀想だよ、冷静に考えて。よく生きたと思う。どうやったら届く?やっぱり歌ですかね。

ボーダー仲間が自分の中の凶暴な人格にステファニーちゃんっていう名前つけててウケた笑

アーティストとか、アーティストじゃないとか、どうでもいいでしょ。それも所詮居場所に関するジレンマの一種でしょ。
疲れたんか?俺。憎悪は魂を擦り減らす。明確に、その実感がある。多分、俺は今までとても多くの人やものを損なってきた。何から後悔すればいいかわからん。でも後悔は無駄だからもうやめます。
アーティストでもクリエイターでもエンジニアでもフリーターでもニートでも何でもいいです。男でも女でも。大人でも子供でも。
俺が俺として生きているだけの俺を知ってくれている人に感謝を伝えたい。どうやったら届く?やっぱり歌ですかね……。最近歌詞があってメロディーがある感じの曲つくってないな。つくるしかないな。

すべての抽象的なインスピレーション、愛してる。
俺はセンスがある。
神経は神の通り道。