日報

あるいは遺書

りゅう

10/1(月) 超晴天・真夏日 日本の社会が嫌い

アルバイト8時から17時、今日は奈緒と一緒なので、一緒に家を出た。
昨日の台風の影響で街は荒れ果てている。
千切れた電線、倒れた看板、散乱するゴミ箱、めちゃくちゃだ。すごかった。夜中ぐっすり眠ったけど、そんなにひどい嵐だったとは。
電車は少しだけ遅れていて、ものすごい満員電車だった。押し潰されそうになった。
やっとの思いで新宿に到着。
昨日の夜テレビにアミルが歩いてるとこがたまたま映ってた話をしたら、アミルは笑ってた。
遠藤さんは昨日、JRの運行が止まるので19時半くらいに帰ってもいいですかと言って帰ったらしい。
その際にダレルも便乗して帰ったので、店長とオーナーだけが残ったらしい。
店長は朝の8時までいた。そして、一旦帰って、13時にまた来た。
大丈夫かよ、と思う。でも、雇用形態の話に口出しはできないので、俺には何もできない。何もできないので、心配しても仕方がない。心配しても仕方がないけど、複雑な気持ちになってしまう。
だめだ。距離を取りたい。
今更な話ではあるけど、こういったことを目の当たりにする度にバイトやめたくなる。自分の力で稼いで、自立して、どうしようもないことから距離を取りたい。

昨日と比べて、MP少なめだ。錆び付いていて、なめらかでない。
やっぱり、疲れは溜まっていく。
無数に現れるムカつく客への、瞬発的な怒りと憎しみ、負のループが内側で渦巻く。
なんだか、年をとるにつれ、こういう感情が耐えられないものになっていく気がするな。もはや「若さ」では片付かなくなってきているというか。
昼頃に、我慢できなくなってモンスターを飲んだ。少し明るい気持ちになった。また手を出してしまった。
モンスターは、迂闊に手を出すとやめれなくなる。確実に依存性がある。毎日飲んでいると、水では満たされない渇きが生じる。

台湾のお土産を、イッチーとウーに渡した。渡せてよかった。
台湾は本当にいい国なので、みんなにおすすめしたくなる。
ウーが店長にめっちゃ怒られていて、心苦しい。
ウーはいい奴だけど、あまり要領がよくない。店長は店長でストレスが溜まっている。

宅録を本格的に始めようと思い立ち、電車の中や休憩時間にちょこちょこと情報収集をする。
奈緒MacbookでLogicをインストールすることに決めた。
そのことを考えると、わくわくしてくる。
「消費」以外でやりたいことがあるっていうのは、なんて幸せなことなんだろう。
夢中になりたい。
好きなことに夢中になって、時を駆け抜けて、死にたい。ただそれだけ。
これからは必要なものにちゃんと金をかけようと思う。
今まで何をやってもパッとしなかったのは、そういうとこだろうな。
金を払うのは嫌いだけど、何が最低限必要なのかはしっかり見極めないと、いつまで経っても何も始まらない。今からでも遅くはない。
覚悟がないまま、なんとなく保留にしていることが、多すぎるような気がする。
俺は、頑張りたいんだ、もっと。
家に帰ってから、PC内に入っているデータを外付けHDDに移動する作業を始めて、今もまだそれが続いている。
これが終わって、PCが軽くなったら、明日はLogicを買うぞ。

最近、「旅する音楽家」というビジョンが頭の中にある。
Macbookを持って世界中を旅する、移動しながらいい音楽をつくり、それを絶えず発信し続ける。
具体的なアイデアはまだない。どうすれば実現するかは全くわからない。
ただ、思い浮かべるとすごくわくわくする。とても良い。
移動することで細胞は活性化する。
それは、人類がまだ土地を持たず、狩猟採集生活を送っていた頃の名残だ。
「旅」と「音楽」を上手く結びつけたい。
音楽は国境を超えなければならない。
それは世界に届く音楽性、ではなく、ただ、「表現をする」という態度は無国籍でなければならない。
現実的な空間や、距離、閉じたコミュニティー、どっかの誰かの土地と資本に縛られない、独自の経済圏をつくって、そこで生き延びたい。
全然煮詰まってないし、勉強不足なので言語化が難しいけど、とにかくそのようなことを最近考えている。
ようするに、俺は日本の社会が嫌いらしい。

9/30(日)台風

アウトプットの練習として、日記を書くことにした。
世の中に対して隠す必要があることは、まあそんなにはないので、できるだけ満遍なく、どうでもいいことも多いけど、全てを書いていきたいと思う。
詩の羅列は、飽きた。改行とかはした方がいい。
とにかくその内容が、最低限人に伝わるものじゃないと、表現物としては意味がないんだ。

 

アルバイト8時から17時。昼から柏葉が来なくて大変だった。
でも、昨日よく寝たせいかすごく調子がいい。身体を動かすことに抵抗がなく、なめらかだ。重力が軽いというか、MPマックスというか。
朝、例の「紙袋に入れないと怒りだすおっさん」が現れたけど、長谷川さんがレジしてくれたので助かった。
一瞬心が揺れたけど、元々調子がよかったので、最終的には笑顔でいられた。今日もまた、ぶち切れずに済んだ。
(ぶち切れる妄想よくするけど、本当にそんな日が来るのかどうか疑問だ。俺はビビりなので、結局は強く言えないんじゃないか。今まで他人にキレたことなんて一回もない。態度で示す系の中途半端な怒り方して情けなくなったことなら何回もある)

とても動けたのであっという間にアルバイトが終わった。
こういう、調子がいい日にはいつも、毎日こうだったらいいのに、と切実に思う。
最近死にそうな時が多かったので、今日はよかった。
生きていて、身体が動くっていうのは、とても良いことなんだ。喜びだ。

晩ごはん、ヨシが安楽亭に連れていってくれた。
台風が近づいているようで、早めに食ってすぐ帰ろうということで、町田駅まで迎えに来てくれた。いっぱい食べた。
何気ない会話をしている途中で不意に、一瞬だけ、原因のわからない不安に襲われる。
寒気に似ている。
どう形容していいかわからないが、目の前の景色から色がなくなって、剥がれ落ちていくような、虚しさ、寂しさ、恐怖。
原因がわからないっていうのが恐い。ほとんどコントロールできない。
こういうのは度々ある。意識して現実に集中する、つまり理性によって乗り切る。普通の会話ができる。
なんだろう、気圧のせいか?そういえば、朝めっちゃ頭痛かった。バナナ食ってバファリン飲んだらすぐ治ったけど。

お店を出ると、町内放送が聞こえてくる。詳しくは聞き取れないが、台風に関することだ。
今年は、災害が多い。平成最後の、とかまたアホなフレーズが浮かんでくる。
雨足が強まったようだ。今頃四国は直撃らしい。家族は大丈夫だろうかと、一応少しだけ気にしてみる。
台風は、なんとなくわくわくする。この不穏な感じ。地震にも、高揚があると思う。
身体の一部が、「死ぬかもしれないもの」に惹かれて、逆にイキイキしてる。イキってる。まあ、実際にのっぴきならない事態になったら、そんなことも言ってられないだろうが。

俺は、大きな災害を体験したことがない。3.11の時東京にいなかったし、風で屋根が剥がされたりしたこともない。もちろん戦争も経験していない。
だから、俺には協調性が足りないのだろうか。国家的な危機に実際に直面したことがないから。関係ないか。

学校で孤立したことや、家庭内で暴力を受けていたことならある。
あれは、俺にとって紛れもなく災害だった。
人災かどうかはこの際関係ない。何度も理不尽に晒されて、大変だった。
でもまあ、俺の周りにいた人間たちも、みんな大変だったんだろう。
雨風を凌げる家があるのは、ありがたいことだ。

恐怖について

色褪せた破壊が視界のあちこちで、結び目のほどきが、腕が、怒りが、保てなくなる、後方へ流れていくもの、濁流だ、音や光がない、だけどわかる、特殊な感覚、だけどこれを知覚するスペースがあらかじめ用意されている、他人というものがいかに必要なのかよくわかる。殺さないでください、と言っている、すべての生命は混乱と悲しみの中で、旅を続けられなくなるのは悲しい、拡張、揺れを実感、その中へ深く沈んでいくように、疲れを取り除く、リラックス、混沌、相反するものを矛盾せずに同時に抱く、周囲、素晴らしいものや刃物、愛しい人や刃物、どう考えても矛盾しないだろう、夕方のニュースでよくやってるじゃん、特定の宗教を持っていないと耐えられないんじゃないかと思う、この先に進むには、ひとりぼっちになってしまうから。ドアは開く、楽しいことばかりじゃない、ちっとも気持ちよくない、馬鹿になればいいとかそういう問題じゃない、俺は俺を受け入れることが出来なければならない、その器を持たなければ、じゃないと潰れるし、不必要な傷つけ合いが行われる、戦争が終わらないのもわかる、飢餓や、難民について、季節は移ろっていくのに、自らの重力で潰された天体は、底の方へ沈んでいく、動けなくて、終わらせてください、誰かに、終わらせてもらわないと、終わることもできない、もう終わりでしかないのに、不可能だ。動けなくなった。街がおもちゃになる、背景は黒、繰り返す、渦を巻く、簡単なこと、そして次へ、クリア、クリア、クリア、まだ感じている、言葉が突き刺す、突き刺しているのか、突き刺されているのか、わからない、混ざる、そう、簡単だ、だって俺は君だし、君は風景の一部なんだ、風が吹いていて嬉しいと思う、止められない、移動しなければいけない、ずっとここにいちゃいけないんだよ、クリア、クリア、クリア、まだこんな記憶があったなんて、小さくなる、皮膚の超マクロな穴で妊娠する、だけど喜びと恐怖は表裏一体だ、だって生きているんだから、生きているってことはいつかは食われるんだから、忘れるなよ、家畜になるぞ、どこまでも逃げ続けろ。歌になる、いつの間にか窓が開いている、大切じゃないことはもう全部忘れても構わない、他人という存在が重たくなってくる、色が逃げていく、他人は間違いなく自分の一部だ、だけど、自分は他人の一部だという感覚を喪失すると、大変なことになる、それは大切なことだ、だけど希釈されて薄くなる、現実世界にどろりとした虹色の洗剤が注ぎ込まれる、マイナスなものがない、泡が膨れる、危険だ、笑顔になるけれど、意味のない笑顔だ、怖い、だめだもっと真剣になれ、わかるだろう、油が固まる、細胞の中で、水分が固まる。動けなくなることに恐怖を感じるのは、自分が動かされていることに気付いていないからだよ。空間の捻れを感知して、それは無意識と直結しながら、気流の流れを感知して、それは電気信号に変換される、そうやって宇宙と繋がることができるシステム、狭くて広い、弱くて強い、他人を攻撃してはいけない、食べるとき以外、繋がっている、俺はどこにいるんだ、頭の中の地図がひとりでにくしゃくしゃに丸まる、巨大なゴミ箱のイメージ、この島が、ぺちゃくちゃとなにか意味のないことを喋っている、極限まで広がり過ぎたから全体がペラペラに薄くなってしまって、壊れやすい脆い、抱きしめても意味がない、音楽を聴いてもただそれだけ、周波数が高くなりすぎて、誰とも共有できない、そうなったとき、今ここにあるここは、奇妙だ、何枚も剥がれ落ちて、花びらが散っていくように、それは何の象徴ですか?それは何のメタファーですか?何故あなたはそんなにも複雑なのですか?簡単な相槌さえ、迷ってしまう、正しいのか間違っているのかそれだけが鋭利になって、そのあまりにも細長く尖った峰の上に片足で立っている気分になる、実際はそうではないのに。一瞬の中の永遠の中で一生考えたそれが単なる冗談に過ぎなくてなーんだって思ったけど実はまだその中に真実が隠されていてそれをあなた方に伝えるための表現手段がない、何故、どのようにしてこんなにも奇怪な生物が生み出されたのか、誰も知らない、いやそれは知識ではないから、知ることは出来ない。いずれそういった物事と向かい合った時に対峙する方法。射精することができない。驚きと不安。上下が逆さまになった時に最低限の自我を取り戻す方法、それは自我を棄てるということ、黙るしかない、力に頼ってはいけない、歌を信じなきゃ、ナチュラルに、こんなケミカルな脳みそだって地球が生み出した一つの異端、今すぐ海の底に沈んでみろ、勇気が足りなかった出来事の残像を、今すぐ終わらせてみろ、俺の中で、地球の中で、そしてカラフルに染まることが出来る、たくさんの情報を知ることができるし、この肉体の容量を知ることができる。小さく、虫のようになって、そうだ、花の中に入って、空と一緒に、青い空が液体のように流れ出して、あらゆるものは姿を変えるだけ、流れて溶ける、空が、鼓膜の中へ、満たされている、呼吸をするたびに、それはそれでいい、それはそのままでいいんだ、変わったって変わらなくたって、てきとうでいい、誰も咎めない、力に頼ってはいけない。