日報

もしくは遺書

未成年の主張

俺は萩野竜侑だ。俺はゆるやかに流れていく風景の一部だ。僕は萩野竜侑です。親切丁寧な接客を心がけて頑張ります。俺の名前は、お前の名前は。虫だとか草食動物とか言うけど。いつでも日の当たる場所なんてものはない。たくさんの情報を無意識に処理している。地底でマグマが噴火している。幼少期よ経験からそれらを直感的に関知することができる。ゆるやかに流れていく風景の一部。すべてを許し、許されているような声を、震わせて、出したい、白くなるように、巡っていくように、幼少期の経験からそれらをすべて否定されたとしても、ここに聖域があって、信じていたい。お前らは馬鹿のように歌を歌い続けている、ここが戦場に変わったとしても、残酷さの中で。服を着ない。確認をする。俺は俺のまま残り少なくなり、新しい生ゴミの匂いが通りを汚して、陽射しは体力を消耗させる、海の上の一つ一つのダイヤモンドが怖くなった時に、ごくありふれた抱きしめた感覚、生き物としての前提の上に成り立つ様々な、歪な、支配と被支配の構造、この中にすべてがあるような気がする時がある、できるだけ高く飛びたい。見つめると、揺れ出す。この意識はついに認識に追いつくことがない。社会から溢れだした虫。目を閉じると意味がない、回っているものについて、斬るように、一瞬の中の一瞬をまずは変えろ、帰る場所はないし懐かしい物事は幻覚のように線を歪めて、空間を曲げていくもの、だから、怪物を見るとき怪物も自分を見ているとか、そういう風に錯覚する。自分と名付けたものは、本当は怪物の一部だ。上へ上がっていく。物足りない。錯乱しながら汗をかき、冷静な風景と混ざりあって、赤と青の対称をぼんやりと眺め、その視点によって無力化させられたそれらは、混ざりあって、笑いあって、男女のように、密室の中で、腐敗し始める。正義はどこにもない、正義はどこにもいらない、革命家は子供、経営者の哲学はうるさい、車は音をたてて発車する、路面に濡れている白い粒、見つけないで、トンネルに入って、イルカたちの交信の中で開け、昼寝、楽園は息のできない場所にあって、なんだか、とにかく当たり前のことをする。その後壁の中に埋まる。楽だし、温度も気持ちがよくて、情報から遮断されて、暗闇の中に自己の一部を見出だす、それすら無意識に当たり前のことだけど、同時に気違いの入口でもある、あらゆる物事に二面性があって、説明することにも疲れた、とにかく場所を移動しなければいけないし、気分も入れ換えなくてはいけなくて、俺は今どういう態度でいればいいんだ。怒りの分子を含んだ声が空気中を精子のように泳ぐ、日常を予定でいっぱいにして、まだ何もしていないうちからだらしない充足感を感じている。正体のわからない信号が自分を含めた群衆をでたらめに操る、赤と黄色、危機管理意識、テロに対して特別に警戒する、視野が狭くなって人を遠ざけてコミュ障が進行する、ほぼ自分のせいなのに、物理的に認めることができない、脳に腫瘍が生まれている、脳にブラックホールが、大きくなっている、そう、だから物理的に邪魔されている感覚、汗とか内臓の不快感によって目の前の景色を理解する。快楽の原則に支配されれば、ゲームでしかなくなる、永遠にレベル上げを続けるだけのクソゲーだ、最終的にストーリー性などはどうでもよく自分の強さだけによってすべてが決定される、だけど、救済された記憶は、あの弛緩した匂いは、現実を複雑にする。自分が虫であることを何度も何度も自覚する、論理的に、絶望しながら、そして許されながら、速くなりなさい。スローモーションのまま早送り、和と洋の歪な融合、黒魔法、キメラ、実際に現実は現実離れしているでしょう、あなたの顔が顔でなくなる、視線は、サイコキネシス、嫌悪感と無関心の狭間に挟まれて出れない、苦しむことになる、また無駄にもがき続けることになる、価値について疑念を抱く、脳内を麻痺させて関節の回路を一つ一つ開き、あ。また無意識に回避する癖だ、無力だという感覚、この気持ちは具体的な風景と何一つ結び付いていないし、特定の誰かとも無関係だ、何もかもを抽象的な線の集合体に変える。腐った肉の匂いに懐かしさを感じるような、倒錯的な感情でさえ、透き通った水のように、頼もしい、そうだ山に登ろう、単純に、ポップに、古典的な神の概念を求めて。顔はすべてを含んでいるから、見つめられれば結局はバレる、だけど他人の解釈に自己を委ねるわけにはいかないなら、表現するしかない、そうやって心を獲得してきただろ。バナナが何故黄色いか考えたことはあるか。すべてを情熱というテーマに還元できないか。